2013/02/15

マリアライト


マリアライト
Scapolite var. Marialite
Santa Maria do Jetibá, Espirito Santo, Brazil



以前ある方から、衝撃のリクエストをいただいた。
石はマリアライト、色はパープル、予算は千円だという。
聞いたことはある。
確か、中国・内モンゴルで外国人調査団によって紫のマリアライトが発見された。
持ち帰ったものの、珍しすぎて値段が付かなかったという話。

マリアライトといえば有名なレアストーン。
極めて特殊な条件を揃えたスキャポライト(柱石)で、滅多に発見されない希少石と聞いている。
写真は純粋なマリアライトの結晶で、透明感のあるインペリアルカラーを示している。
これでもかなりの額だ。
紫のマリアライトなど、世界中の収集家の憧れである。
日本に入ってきたことがあるとしたら、ほんの数回程度だろう。
ヒーリングストーンを中心にコレクションされている彼女が、どうしてそんな通好みな石をご所望なのかと不思議に思った。
そんなものが千円で手に入るという噂を流した人間がいるのだとしたら、えちごやのたくらみが疑われる。

調べてみたら、大変なことになっていた。
紫のマリアライトが大量に流通しているのである。
なんと、ビーズにまでなっている。
製品化されるほどに相当量の放出があったとは聞いていない。
マリアライトの名を語るアメジストやガーネットのように見えたりもする。
それにしても安い。
驚くべき解説まで添えられているではないか。

「透明感のあるバイオレット・カラーのマリアライトは、
聖母マリア様のエネルギーに繋がる石とされヒーラーからの人気が高いパワーストーンでございます。」

ええっ?
確かこれ、昔ネタとして流行しなかったか?
紫のスキャポライト=マリアライトではないし、マリアライトと聖母マリア様は無関係(詳細は以下)。
あたかも「紫のスキャポライトをマリアライトと呼ぶ」と誤解を与えるような解説文がコピペされ、広まっている。
マリアライト。
確かにいい名だ。
憧れる気持ちはわかる。
何年か前に自分もタンザニアのパープルスキャポライトを手に入れた。
もしかするとマリアライトかもしれない、とワクワクしながら調べたのを覚えている。
しかしタンザニアのパープルはどちらかというとメイオナイトらしい。
その一件以来、忘れていた。
いつの間にそんなことになっていたのだろう。
詳しいことは他の資料を参照していただくとして、ここでは大雑把にまとめる。


マリアライト(曹柱石)

  • スキャポライトのうち、ナトリウム(塩分)を多く含むものをマリアライト、カルシウム豊富なものをメイオナイト(灰柱石)と呼んでいる。
  • 色は一般的に白や灰色、クリーム色、無色透明など。稀に宝石質のゴールドやピンク、パープルが産出し、高額で取引される。
  • 通常はマリアライトとメイオナイトが混在した状態(固溶体)で発見される。両者の分類は困難で、表記はスキャポライトとするのが一般的である。
  • 紫外線照射で青、オレンジなどに色変化を起こす。
  • マリアライトの名の由来は聖母マリア様ではなく、発見者の奥さんの名前(クリスタルヒーラーではない)である。
  • マリアライト・ヒーリングとは関係ない。
  • 日本では紫のスキャポライト=マリアライトとして定着、マリアさまの愛に満ちた紫のクリスタルとして大量に流通している。デマなので注意してほしい。ネタには最適だが、パワーストーンの意味欄にはしばしば誤解や矛盾が見受けられる。
  • パープルカラーでないスキャポライトがマリアライトであるとは限らない。
  • マリアライト人気に反し、メイオナイトの意味については誰も言及していない。

アフガニスタンのパープル・スキャポライト(→写真)。
マリアライトかどうかは鑑定していないとのことだった。
詳細は下記、参考1より。
現在マリアライトとして流通している石の多くは、これと同じものか、他の安価な代用品を用いて作られたビーズではないかと思われる。


参考1)中央宝石研究所「テネブレッセント スカポライトについて」
http://www.cgl.co.jp/latest_jewel/gemmy/141/02.html

その方には、パープルのマリアライトを千円で入手するのは不可能であることをお伝えした。
そんなはずはないとおっしゃる。
私をえちごやと誤解されたのだろうか、連絡は途絶えてしまった。
マリアライトからマリア様のエネルギーを感じられていたのだとしたら、納得がいかないのであるが…

紫のスキャポライトといえばアフガニスタン産。
国内で多く流通している「マリアライト」はアフガニスタンのバダクシャンから産出したスキャポライト(→写真)で、ビーズにもなって登場している。
アフガニスタン産については、マリアライトとメイオナイトが混在していて、どちらともいえないらしい。
また、タンザニア産のパープルスキャポライトも同様とのこと。
いずれもスキャポライトとの表記が一般的で、マリアライトとメイオナイトを分けているケースは海外においては稀であった。
紫のマリアライトが千円で販売されていたとしたら、お店の人に実際の鉱物名を聞いてみよう。
もしかするとアメジストの類いかもしれない。

海外でもマリアライトはヒーリングストーンとして流通している。
色はくすんだ黄色、聖母マリア様との関連性についても触れられていない。
パープルの美しいマリアライトがお手頃価格で手に入るのは、どうも日本だけのようだ。


なお、無色やイエローのスキャポライトに放射線処理を施すと、見事なパープルに色変化を起こすらしい。
そして時が経つにつれて黒ずみ、濁った色合いへと変わっていくということである。


36×8×5mm 2.14g

2013/02/08

アルベゾン閃石/ヌーマイト


アルベゾン閃石
Arfvedsonite
Kangerdluarsuk, Ilímaussaq Massif, Greenland



あのヌーマイトの「偽物」として有名になりつつあるアルベゾン閃石/アルベゾナイト。
無人島では今、最も話題の鉱物のひとつである(→詳細はヌーマイトにて)。
昨夜、突然にも大事件が発生した。
早速ご報告していきたい。

写真はたまたま倉庫から出てきた貴重品と思しき標本。
なんと、アルベゾナイトと書かれているではないか。
しかも産地はグリーンランド。
ラベルに書かれている産地はヌーマイトと全く同じだった。
不審に思い調べたところ、なんとアルベゾン閃石が最初に発見されたのはグリーンランドであることが判明。
写真の石は原産地標本ということになる。

面白いのは、この標本がかなりの珍品であるということ。
ある歴史的収集家の遺品を運よく手に入れた。
手書きのラベルは茶色に変色しており、相当の年月が経過していることを物語っている。
初期に採取された標本の可能性もある。
現在、グリーンランド産アルベゾン閃石は全くといっていいほど流通がなく、安価な中国産アルベゾン閃石がヌーマイトの偽物として話題に上っている。
中国・内モンゴル産アルベゾン閃石は細かなブルーグリーンの神秘的な閃光を放ち、なるほど宇宙を思わせる。
誰もがヌーマイトだと思い込んでしまったのも無理はない。

アルベゾン閃石は単なる偽物ではなく、れっきとした鉱物である。
1823年、グリーンランドで発見された角閃石の一種で、現地からヌーマイトが発見されたのが1810年だから、その差わずか十年余り。
混同されずに報告されたのが不思議なほど、両者には深い縁がある。
データには放射状のイリデッセンスがみられるとあるが、ものの見事に真っ黒だ。
分厚い板状の塊に広がる繊維状の結晶構造は、ヌーマイトのそれとは異なっている。
やけに酸っぱい臭いが鼻につくのは、謎である。
漆黒の結晶を光にあてると薄っすらとシルバーの光沢が現れる。
ときにルチルと混同されて販売中(!)であるという、内モンゴルのアルベゾン閃石に見られる豪華な青系の輝きは見られない。

ここで気になるのは、グリーンランド産ヌーマイトと信じられている石。
実はアルベゾン閃石では?
…という疑問である。
おそらく、心配はいらない。
全体の質感やシーンの色味、形状を見ればその違いは一目瞭然(気になる方はファイナルセールをお待ちください)。
中国産アルベゾン閃石の放つ、繊細でシャープなブルーグリーンのシーンは、ヌーマイトには現れない。
一部に共生している可能性はある。
ただ、グリーンランドからアルベゾン閃石が産したのは、ほんの一時期だけだったようだ。
現在はヌーマイトよりも入手困難のよう。
写真の石もラベルを見た限りでは採取されてから少なくとも50年は経っている。
グリーンランドから産した幻の希少石、アルベゾナイト。
そんな折、中国から大量にアルベゾン閃石が発見され、グリーンランド産ヌーマイトとして流通した、という嘘のような本当の話。

では、どうしてヌーマイトとアルベゾン閃石の産地が被ってしまうのか。
実はこのグリーンランド・ヌーク地方は、希産鉱物の宝庫として知られる土地。
ロシアのコラ半島、カナダのモンサンチレールに並ぶ希少石の名産地で、他所からは見つからないレアストーンが、不思議なことにロシア・カナダ・グリーンランドの3ヶ所に共通して発見されている。
グリーンランドの知名度が低いのは、土地の規模だろうか。
ロシアやカナダの産出量には及ばない。
価格も高額になる。
グリーンランド名物のヌーマイト、ツグツパイト、蛍光ソーダライト、ハックマナイト、ユーディアライト、ウッシンジャイト、アナルシム、そしてこの悪名高きアルベゾン閃石。
実は、ロシアやカナダからも報告されている。
ヌーマイトとアルベゾン閃石の2つの鉱物には、どうも因縁めいた関連性があるようだ。
ただ、中国からはヌーマイトは発見されていない。
共生している様子も全く無い。

日本では、ヌーマイトの偽物としてのアルベゾン閃石がもっぱら問題視され、両者の関連性については明言を避けている。
確かに、グリーンランドからもアルベゾン閃石が出るという事実が明らかになれば、市場はさらなる混乱をきたすだろう。
グリーンランドの名を利用して、在庫を売り尽くそうとする業者も現れそうだ。
"稀少!グリーンランド産アルベゾン閃石" が製品化されることはあり得ないので、くれぐれも気をつけていただきたい。
そうした意図のもと、あえてこの標本を紹介させていただく。

グリーンランドから届けられる輝きは、ヌーマイトだけではなかった。
アルベゾン閃石も価値ある鉱物であることを、この歴史的標本は教えてくれた。
どうしてこんなものを購入したのかについては、全く覚えていない。
初めてこれを見た時の感想は、

なんて地味な石なんだ!

もちろん偽ヌーマイト騒動については全く知らなかった。
偶然にせよ、買っておいて良かったと心底思った。


80×38×12mm  89.03g

2013/02/07

非加熱タンザナイト


タンザナイト Tanzanite
Merelani Hills, Arusha, Tanzania



今や宝石の枠を超え、広く知られるようになったタンザナイト。
目下休止中のブログに突然記事をアップするのはどうかと思うが、気がかりなことがあるので報告したい。

タンザナイトと聞いて私たちはあの深いブルーをイメージする。
加熱処理を前提とした宝石であることをご存知の方も多いはず。
以前、非加熱タンザナイトってどんな感じなのだろう?という疑問を抱いている方がおられた。
石には非常に詳しいのに、ご存じないとは意外だった。
どうも、未処理のタンザナイトは滅多に流通せず、かえって入手困難であるようだ。

宝石質の非加熱タンザナイトを一時期集めていたことがある。
私がむしろ、人工石のほうを好んで集めているのはご存知の通り。
なぜタンザナイトに限って未処理なのかというと、単にひねくれ者だから?
鉱物を知ってすぐに購入した安価な破片状原石。
写真は室内にて、ライトをあてて撮影した(実際の色は本文下、右側の写真に近い)。
シルバー、ゴールド、ブルーの輝きが同時に見えるのは、タンザナイトの持つ多色性に因る。
太陽光では褐色に近いイエローに見える。
室内光ではどちらかというと赤みを帯びて見える。
なんとかして青い輝きをとらえようと試行錯誤した成果が冒頭の写真。

透明度に富み、強い輝きと光沢を示すゴールデン・タンザナイト。
悪くないと私は思う。
非加熱未処理タンザナイトといわれて私がイメージするのは、このゴールドの色合い。
だが、意外なほど流通がない。
非加熱未処理というタンザナイトの原石は紫に近いブルーが一般的なよう。
初めから青いタンザナイトというのは存在しないと思い込んでいたが、大量にある。
青い原石というのも実はあって、数が少ないために高額で流通しているのかもしれない。
いや、原石の段階で加熱処理されているように見えるのだが…

まずいことになった。
人工石は日本人にとってまがいものに他ならない。
大自然の恵みである鉱物に手を加えることは許されないはずである。
少しでも人工処理を施せば、パワーストーンのパワーがたちまちのうちになくなってしまうという説もあるほどだ(→ゴールデンダンビュライト)。
なんと、タンザナイトを加熱せずに青くする技術まであるというではないか。
タンザナイトはしょせん偽物。
日本から消える日は近いのかもしれない。

参考)コーティングを施した非加熱タンザナイトが増加中
http://weblog.gem-land.com/?p=112

参考)ヴィクトリアストーンに見る人工石と日本人の価値観
http://usakoff.blogspot.com/2012/12/blog-post_27.html

最初に示したサイトさまより引用させていただく。
記事では、コバルトのコーティング処理によって、褐色のタンザナイトが青く生まれ変わると説明されている。
非加熱未処理に加熱未処理石。
ならば非加熱処理石もありということらしい。
非加熱という言葉を利用して売り出そうとする思惑が見え隠れする。
結晶表面にイリデッセンス(虹が輝いて見えるさま)が多く確認できる、多色性の乏しさなどがその特徴として挙げられている。
気になる方はチェックしていただきたい。

これはまさに、私が抱いていた違和感そのもの。
手持ちのゴールデン・タンザナイトには、著しい多色性が認められる。
いっぽうで、非加熱タンザナイトとされる青い石には、青以外の色は認められない。
コーティング処理によって多色性が失われているというなら納得がいく。
多色性を持つ鉱物といえば、アイオライト。
アイオライトは光の角度によって青からイエローに変化する。
未処理のタンザナイトの本来の輝きは、その逆である。

未処理のタンザナイトが滅多に流通せず、かえって入手困難なのは事実のようだ。
おそらくイメージの問題で、青くしなければ売れないのだろう。
天然石の魔法にかかって、石の意味に夢を抱くのは自由だ。
だが、天然か人工かで石の価値が決まるのであれば、処理や加工が前提のビーズや宝石がパワーストーンブームを支えているという現状には矛盾がある。
天然石を処理したものは天然石という意見もあるが、世界的には通用しない。
日本には欧米以上に人工石が定着している。
天然という言葉が名もなき石に価値を与え、人工という言葉が真の価値を遠ざける。

1966年にタンザニアで発見され、1969年にティファニー社によって世界に紹介されたタンザナイト。
クンツァイトを見出したティファニー社副顧問、ジョージ・フレデリック・クンツ博士によってその名が与えられた。
もともとの鉱物名であるゾイサイドの名がスーサイド(自殺)を想起させるために、クンツ博士が機転をきかせたというエピソードも有名。
加熱処理によって色濃い青に変えられ、より透明感と輝きを増したタンザナイトは、カットされて宝石となる。
希産鉱物の宝庫、タンザニアのメレラニ鉱山からしか見つかっていないとされている。
タンザニアを代表する宝石として、むしろタンザニアの名を有名にした存在といえよう。
国名に由来する鉱物は、このタンザナイトの他にブラジリアナイトアフガナイト、シンハライト(現スリランカ)など。
逆に鉱物が国名の由来となったのはアルゼンチンで、ラテン語で銀の意味であるという。




14×11×7mm

2013/01/15

パープルジェード(トルコ産翡翠輝石)


パープルジェイド
Purple Jadeite
Bursa, Marmara Region, Turkey



誕生日なのでご縁のある石をと思ったが、ここは変わり者のうさこふであるからして、私には最もご縁のないはずだった、類い稀なるレアストーンをご紹介する。

トルコからやってきたという、色濃いパープルの翡翠。
ネフライト(軟玉)ではなく翡翠輝石(硬玉)にあたるそうだ。
シリカ成分が入ってカルセドニーと化しているため、パープルの色合いがより上品かつ輝いて見える。
まるでスギライトのように神々しいお姿である。
宝石質の色濃いスギライトは石英を含んでいることが多いから、原理としては同じなのかも。

ネフライトか本物か偽物か(※注)といった議論で盛り上がることが多い翡翠だけに、私は長らくネフライトのほうに着目していた。
翡翠輝石のほうは盲点だった。
翡翠など高貴すぎて、自分にはふさわしくない。
この高貴すぎる紫の翡翠を偶然にも手にし、ふさわしくないにも程があると感じたため、誠に勝手ながら自分の誕生日にまつわるエピソードを中心にお送りする。


注)翡翠は翡翠輝石(硬玉)とネフライト(軟玉)に分けられる。中国で古くから珍重されたのは軟玉、つまりネフライト。その後ミャンマー産の硬玉が知られるようになり、翡翠として定着した。
日本では縄文時代より硬玉が知られ、宝飾品や魔除けなどに用いられたといわれる。新潟県糸魚川の翡翠は国産鉱物を代表する存在で、熱狂的ファンも少なくない。
日本では一般に、軟玉より硬玉のほうが価値が高いとされる。ネフライトは翡翠の偽物として避けられることもあるほどだが、欧米人の大半は硬玉と軟玉の区別をしない(できない)ので、要注意。


実は、昨日までこのエピソードを記すか記すまいかと、悩んでいた。
誰もが興味を持ってくださるような内容になるとは思えなかったが、これまで幾度も誤解を与えてしまっていたことがあったとしたら、誕生日にその原因を書いてみたいと思った。
ご近所にマイクのアナウンスが響く中、これを記している。

昨夜遅くのことだった。
私はまさに翡翠のことを考えながら、冷たい雨の中、帰路を急いでいた。
最後の曲がり角を過ぎたところで、道のずっと向こうに、見慣れない灯りが煌々と燈っているのが見えた。
どこかで見た、不可思議な光景であった。
それが人の死を意味する灯りであることは、百メートル離れていても伝わってきた。

実家の斜めお向かいの御宅に不幸があったとのこと。
翌日が葬儀とある。
私が数日前から虜になっているこのパープルジェイド。
この石を一目見てからというもの、私がずっと心に描いていた人物。
その人物の葬儀が行われた日もまた、私の誕生日だった。

自分はその人を先生と呼んでいた。
特別に偉いからとか、指導者だからといった理由ではなく、ただ純粋に、誰も言わないことを教えてくれたから。
悪くて結構、阿呆になるくらいがちょうどよい、広い広い世界のことを学んでみるといい。
そして、死はこわくない、と繰り返し私に語った。
ただそれがいつ頃で、自分がどういう状況にあったのか、長らくわからなかった。
小学校低学年くらいかと思い込んでいた。
昨年の春、古い資料が出てきて、ようやく記憶の謎が解けた。

私が先生と呼んでいたその人物は、宗教学者であり、英文学者であり、哲学者であり、翻訳家であり、仏僧という特異な経歴の持ち主であったらしい。
幼少期から教会に通って英語を学び、仏典を海外に紹介。
アメリカのキリスト教会より渡米して神父になるようスカウトされる(!)もきっぱり断り、僧侶として日本を生きた97年の生涯。
子供だった私はすぐに影響を受け、世界中のあらゆる宗教について学ぼうと意気込んだとみられる。

資料を見ておどろいたのは、先生の葬儀が行われた日が私の4歳の誕生日だったということ。
おそらく、周囲の人々がその事実を隠したのだろう。
つまり先生にお世話になったとき、自分は3歳、若しくはそれ以下だったということ。
死がタブーであることを思い知ったのは4歳のときだったから、その直後。
宗教がタブーであることを知ったのもその頃だ。
先日、縁あってお世話になった方から、自分に宗教心がある、という興味深いご指摘を受けた。
三つ子の魂百なんとやら、人間とは単純なものである。

事情があって、私は当時、家族と離れて暮らしていた。
親の顔も忘れていたほどだというから、周囲は同情的だったのだけれど、先生は私にいっさい同情しなかった。
先生の好奇心旺盛な瞳と強く響く声を今でも覚えている。
死はこわくないと教えてくれた先生は、ある時、突然いなくなった。
雪の中、長い葬列が続くさまをはっきり覚えている(※記憶では、途中から悪夢の集団下校に切り替わる)。

父のように慕っていたその人物について、ここで具体的に触れることは避ける。
自分の年齢がバレるからではない。
先ほど調べて、後に語られているその人物像に違和感を感じたからだ。
他の思想を遠ざけるべく、名前を利用されている。
或いは異端者のごとく扱われ、遠ざけられている。
信仰や思想、また国籍などを理由に他者を遠ざけることをしない、というのが先生の本質だと思っていた。
そしてつい先日知ったのであるが、日本國が迷信國となることを何より危惧されておられたという。
また「誰でも各種の災難や不幸に出逢うたならば、それは自分の種まきが悪かった報いであるから、潔く自分を反省して、さんげし、悔い改めて、これから、悪い心を起こすまい、悪い事をしないように決心して、自分の考えて、これが一番良いと思う方法をえらんで、事件を処理して行けばよい」とも申された。

以上のようないきさつで、今日はこの石を選んだ。
簡潔にまとめよう。
翡翠は私には勿体無いほどに高貴な石。
どちらかというと避けていた石。
まさか米からこんなものが手に入るとは思っていなかったし、何の期待もしていなかった。
そして産地であるトルコは、東洋と西洋の中間にあたる土地。
圧倒的な美しさは、先生が旅立っていったあの日、置き去りにされた私の気持ちによく似ている。

無宗教というおしえこそが、日本最大規模の宗教なのかもしれない。
先ほどふと、思った。
なお、我々が頻繁に目にするラベンダージェードのビーズは、本質的には着色を施された岩石である。






38×27×21mm  17.96g


2013/01/13

メッシーナクォーツ/ピーモンタイト


メッシーナクォーツ
Quartz/w Piemontite
Messina Mine, Limpopo Province, South Africa



希少鉱物ピーモンタイトとヘマタイトのインクルージョンでピンクに染まった水晶。
アジョイトの産地として有名なメッシーナ鉱山から産出するという。
変化に富む結晶形とリチウムクォーツに似た優しい色合いから、欧米のクリスタルヒーラーの間で話題になっている。
この色合いは、リチウムではなくマンガン由来である。

ピーモンタイト(紅簾石)はイタリア原産の希少鉱物で、滅多にみかける機会はない。
本当に入っているのかと、疑いたくもなる。
水晶のインクルージョンに関してはアバウトな印象の否めない欧米のヒーリングストーン業界。
実際、鉱物標本としてはヘマタイトのインクルージョンに因る、としているところもある(多くはヘマタイト及びピーモンタイトを内包するとしている)。
どちらかというとヘマタイトの占める割合が多いのは間違いないはず。
そう思いながら、ピーモンタイトについて調べたところ、大変なことになっている。
南アフリカ産ピーモンタイト(ピーモンタイトシスト)なるパワーストーンが2、3年前から国内でビーズとなって流通しているようなのである。

どうもピーモンタイトの名を聞く機会が増えたと思っていた。
大量に流通しているではないか。
希少石のはずが、パワーストーンに数えられるようになっていたとは知らなかった。
しかし、このメッシーナクォーツと同じものなのだとしたら…
主な成分はヘマタイトということになる。

参考:ピーモンタイト・シリシャスシストとロードナイト
http://jp-ishi.org/?p=545

ロードナイトと混同されて流通しているというピーモンタイト。
ロードナイトにしか見えない。
さらに、ピンクエピドートなるビーズが流通している(解説は緑簾石)。
まるでピンクに染め上げたクォーツァイト。
わけがわからなくなってきた。
メッシーナクォーツに関しては、本文下の写真にあるように、ピンクの色合いは表面付近に集中していて、内部はクリアであることが多い。
加工するとファントム・クォーツになるはずである。
ビーズとなって大量に流通するほど採れるようには見えない。
ピーモンタイトを含むシリシャスシスト(石英を含む片岩)とのことだから、写真の水晶とは異なる岩石が加工にまわされた、もしくは無関係な染色シリシャスシストをピーモンタイトとして販売している…
ピーモンタイトが入っているという保証はない。
参考までに、ピーモンタイトの原石の様子を示しておく。



ピーモンタイト Piemontite
Prabornaz Mine, Saint-Marcel, Piemont, Italy



原産地からのピーモンタイトの標本。
先日の池袋ショーで発掘して参った。
国内で流通しているピンクカラーのピーモンタイトのビーズとは別物である。
ガラス光沢を示す赤紫色の結晶が複雑に入り組むさまは、実に見応えがある。

いっぽう、国内で流通している美しいマット・ピンクのピーモンタイトのビーズ。
中身はほとんどヘマタイトなんじゃないか、という疑問である。
比較的安価なロードナイトとの類似点も気がかりなところ。
まあ、いいか。

原石のほうは、両端の結晶したDTとなっており、変形ファントムonエレスチャルともいえそうな、何とも喩え難い姿をしている。
メッシーナクォーツは大きい上、ポイントが四方八方に飛び出しているなど、随所にみられる奇想天外な結晶構造に度肝を抜かれる。
変わった水晶のお好きな方は要チェック。
表面より染み込んだピーモンタイトによるフルーティなピンクの色合いには、リチウムクォーツとはまた違った魅力を感じる。
メッシーナから産出するアジョイト、及びパパゴアイト入り水晶には、赤い不純物の入ることも多い。
鉄錆びとみなされ、過去には取り除かれていたこともあったという、あの赤いインクルージョン。
時と場合によっては希少石ピーモンタイトが含まれているのかもしれない。
夢は大きく果てしなく、どこまでも。




73×40×28mm  116.5g

2013/01/11

イリスアゲート


イリスアゲート
Quartz var. Iris Agate
Rio Grande do Sul, Brazil



イリスアゲート。
以前からよく耳にしていたが、実物を見たことがなかった。
アゲートの中に極めて稀に現れるという希少石のひとつ、イリスアゲート。
日本でヒットを飛ばしたのは知っていた。
ところが、アゲート収集が盛んな欧米では、滅多に聴かないし、見かけない。
私にとっては謎の存在であった。
手にする機会のないまま、月日は過ぎていった。

ある日、お世話になった方と話していて、突然イリスアゲートの話題になった。
正直に告白する。
私にはサッパリわからなかった。
レアストーンハンターを名乗る以上、わからないでは済まされない。
一度、この目で確認する必要があるのだが、なんせ相場がよくわからない。
まずは一番お手頃な、イリスアゲートの原石なるものを購入してみた。

参考:ワイオミング州のイリス珪化木(参考例)
https://sites.google.com/site/wyomingrockhound/rocks-of-wyoming/wyoming-iris-agate

なんだかよくわからなかった。
どうも薄切りにしないと虹は見えないらしい。
厚さは5mm以下というから、私のような素人には到底無理である。
アメリカの知人に聞いてみた。
イリスアゲートは確かに存在する。
だが持っていない、とのこと。
あれだけアゲートの収集家がいるというのに、奇妙である。
いっぽう、国内サイトを検索すると、かなりの方がお持ちの様子。
数万分の一の確率で現れるという幻のイリスアゲートが、どうしてこれほどまでに話題に上り、流通しているのか。
いったい誰が流行らせ、広めたのか。

写真にあるのは先日、ようやく手にした薄切りのイリスアゲート。
思っていたより分厚い。
虹の見えるのは片面のみのよう。
スライスした瑪瑙を、虹の帯がぐるりと一周する。
これは確かに面白い。
光の干渉によるレインボーというのは理解できた。
強烈な太陽光の下よりも、室内光のほうがくっきり虹が見えるのは不思議ではある(写真は太陽光で撮影。必ずしもそうとは限らない)。
これを1mm以下の厚みにカットすると、驚くべきイリュージョンが楽しめるという。
あまりにペラペラでは取り扱いに困るから、ある程度厚みはあったほうがいい。
上質のイリスアゲートは全体に幻想的な虹が浮かぶ。
帯タイプについては、売れ行きの芳しくない着色メノウのプレートを探せば発見することが可能らしい。
イリスハンターたちが全国各地に生息、日々メノウプレートを物色しているというから、ただごとではない。

では、イリスアゲートはいったい誰が流行らせたのか。
2007年頃から徐々に話題になり始めているのは確認できた。
ならば2006年頃か。
なんと、2006年に記されたブログに、イリスアゲートの名があった。

参考:少年ジャンプのまとめサイトにイリスアゲートが登場(2006年4月 20号)
http://dreamwords.blog.so-net.ne.jp/2006-04-17

このとき『魔人探偵脳噛ネウロ』という漫画に虹瑪瑙(イリスアゲート)が登場したということであった。
ブログ主さんの解説によると、イリスアゲートについては当時、検索しても1件しかひっかからなかったとのこと。
その1件として挙げられているのは、国内の有名な専門サイトさま。


少年漫画を読まない自分にはよくわからない。
おそらく、当時この漫画を読んだ奴らは、いっせいにイリスアゲートをググッたとみられる。
そして上記のサイトを知った人々は、イリスアゲートを探し求めた。
需要は日々、高まっていった。
天然石/パワーストーンとしてのイリスアゲートの知名度も、別途上がっていったものと私は推測する。
というのも、2005年以前のネット上の記事に、イリスアゲートの名が見当たらないのである。
もしや、イリスアゲート日本上陸のきっかけは、少年ジャンプ?

ちなみに、上記の作品だが「まじんたんていのうがみネウロ」と読むらしい。
禍々しいタイトルに反し、作者の松井氏はわりあいイケメン(当時)のようである。
レアストーンを集めているようなふうには見えないのだが…
2006年といえば、私自身まだ鉱物に興味を持って間も無いから、状況は全くわからない。
ご存知の方がおられたら、是非お知らせいただきたい。
もしイリスアゲートがきっかけで鉱物に目覚めたという方がおられるのだとしたら、少年ジャンプは侮れない。

写真のイリスアゲートは、ブラジル最南端、リオグランデ・ド・スル州から発見されたもの。
瑪瑙の産地として知られる土地である。
多くの原石はスライスされ、青や緑に着色されてしまっている。
そんなメノウプレートの中に、キラリと輝くレインボーを見つけ出すのを趣味としている人々がいる。
十万もの価格で販売されているイリスアゲート。
見た感じ、博物館級といえるものではない。
高すぎると言わざるを得ない。
お金に代わる時間があるという方は是非、街へハンティングに出かけてほしい。
ただし、まずは一度、現物を見る必要がありそうだ。


158×75×5mm  102.5g

今週、話題性が確認された10の鉱物

What Mineral Would You Take with You to A Deserted Island?