2012/11/12

ラピスラズリ


ラピスラズリ Lapis Lazuli
Sar-e-Sang, Koksha Valley, Badakhshan, Afghanistan



ハロウィンの夜、少女と出会った。
よく喋るし、よく笑う。
可愛らしいのにしっかり者。
聞き分けよく、瞬時に空気を読む聡明な子供だ。
例の如く、私は違和感を感じた。
私には、彼女がいったい幾つで、なぜそこにいるのかわからなかった。
彼女が他者に対して例外なく敵意を示していることが、あらゆる場面に見て取れた。

少女はハロウィンのパレードを見たという。
手の無い人やゾンビ、身体中を弾丸で打ち抜かれた看護婦がいたと、興奮気味である。
小学生としては非常に歪んでいる。
よく笑うのに、ほんの一瞬、恐怖に脅えた表情をする。
身体の傷。
顔は無傷。
学校には行けていないのかもしれない。
学年を聞いたが返事はない。

こうした子供のほとんどは、虐待児だ。
(子供から)いじめられている子供とはまた違った違和感がある。
彼らは完璧に振舞う方法を知っている。
助けてくれる大人が存在しないから、本当の自分を隠している。

今までの人生において、私に近づいてくる子供には、例外なく訳があった。
私は子供を子供扱いしないようにしている。
幸せな子供ならその厳しさに堪えかねて、愛情を求め親のもとへ行ってしまうのだけど、そうでない子供たちは立ち向かう。
誰も助けてくれない。
人は一人で生きるもの。
過酷な現実を生きていることは、誰にも悟られてはならない。
私自身そうだったから、子供を子供扱いしない。
大人として扱うことしかしない。

少女はプラスティックの宝石箱を見せてくれた。
買ってもらったばかりだという。
今どきの子供が喜ぶような本格的なつくりではなく、一年ともたないようなプラスティックのおもちゃだった。
何も欲しがらないように見えた少女の口から、宝石の名前が次々に出てくる。
ダイヤモンド、ルビー、サファイア、アクアマリン、トパーズ…小学生が知らないような宝石まで知っている。
彼女は宝石箱が宝石でいっぱいになることを夢見て、幸せそうだった。
だけど、宝石箱に入れるものがないのは一目瞭然だった。
そう、まさかの私の出番なのである。
その日私は撮影のため、石をいくつか持ち歩いていたのだ。

問題としては、子供はレアストーンを喜んだりしないであろうこと。
誕生石ほどに有名でないと、忘れてしまうだろう。
誰でも知っていて、万が一保護者に見つかっても見逃してもらえる石はないものかと、袋からひとつ石を取り出した。

ラピスラズリだった。
どうしてこんなものが入っていたのかわからない。
これなら誕生石にも含まれるし、子供でも知っている。
プラスティックの箱にぶつかっても割れないはずだ。
私はラピスラズリを彼女に渡した。
彼女は、黙って受け取った。
ラピスラズリという石であることだけ伝えた。
彼女は「その石は知らない」と私に言った。

これから先、少女には今以上の困難が待っている。
彼女は他人のことなど信じていない。
信じるべきではない。
信じても裏切られる世界を少女は生きていく。
ラピスラズリだって、今頃はもう無いかもしれない。
捨てられてしまったかもしれない。

少女は夜の道を踊っていた。
宝箱の中にたったひとつ、ラピスラズリが踊っていた。
やがて彼女は誰にもわからないように、静かに涙を流し、眠りについた。


ここに石が立っている、
見栄えのしない石が。
それは値段にすれば安いし、
愚者からは軽蔑されるが、
その分だけ賢者からは愛される。

時間は子供だ
子供のように遊ぶ
盤上遊戯で遊ぶ
子供の王国。
これはテレスポロス、
宇宙の暗やみをさまよい、
星のように深淵から輝く、
彼は太陽の門に至る道を、
夢の国に至る道を、
指し示す。

『錬金術師の石(ラピス)…』/「図説ユング」(林道義 著)
http://starpalatina.sakura.ne.jp/wise_saying/wise_saying.html


40×32×26mm 39.84g

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What Mineral Would You Take with You to A Deserted Island?