ロードクロサイト/稲倉石
Roadcrosite/Inakuraishi
北海道古平郡稲倉石鉱山
本来、鉱物店は、流通している標本の中から良品を厳選してストックし、品揃えで勝負する。
このところの傾向として、流出の増えた標本を一気に売ってしまい、在庫がなくなり次第終了、という売り方が増加しているようだ。
こうした傾向がみられるようになったことで、石の価格も下がり、入手も容易になった。
ただ、時期を逃すと、入手は困難になる。
見つかっても、品質が劣るなど条件は悪化、難しい選択を迫られる。
しばらく鉱物の世界から離れていた。
そのため、その間に流通した重要な標本の多くは、出尽くした後だった。
北海道産のロードクロサイト(インカローズ)もその一つ。
国産鉱物の流行で再評価され、素晴らしい標本が数多く出回ったそうだ。
春のミネラルショーで見つけたのは、小さなアクセサリー程度、それもパッとしないものか、逆にとんでもないプレミアが付いた標本だった。
北海道のロードクロサイトの産地といえば然別鉱山、そして世界的にも有名な稲倉石鉱山。
中でも稲倉石鉱山のほうは、美しいロードクロサイトが産出することで古くから知られていた。
稲倉石の名も、標本名として定着している。
海外でも "Inakuraisi" と呼ばれ、評価は高い。
このロードクロサイト/稲倉石は、半ば諦めていた頃に、偶然見つけたもの。
幸運にも、ディーラーさんは地元の方。
信じられない価格で譲っていただいた。
稲倉石鉱山産ロードクロサイトの醍醐味でもある、ブドウ状原石を研磨したものだ。
透明感のある濃いピンク色の結晶で、幾層にも重なった縞模様が美しい。
ロードクロサイトと聞いて、南米アルゼンチン・ペルーのインカローズを思い起こす方は多いと思う。
それらの持つ華やかさ、 "パッションローズ" と称される大胆で情熱的な容姿。
稲倉石鉱山のロードクロサイトにもみられるが、この標本に関してコメントするなら、ハッキリ言って地味。
じっくり見ていただきたい。
ブラウンを帯びた深い色合いや、墨を流したような優美な模様、凛とした佇まい。
喩えるなら、ラテン系美人と大和撫子。
同じ鉱物でも、産地や加工方法によって、まったく雰囲気が異なってくる。
それぞれの持ち味を楽しみたい。
稲倉石鉱山の操業開始は、明治18年。
金、銀、銅、マンガンなどを産出し、その実績は全国に知れわたるほどであった。
同時に発見されるロードクロサイトは、アクセサリーに加工されるなどして珍重されたらしい。
コレクションも盛んだったようで、操業当時の標本が現存している。
1984年(昭和59年)に鉱山が閉山されてからは、立ち入りが難しくなっているとのこと。
また、良質なロードクロサイトはほとんど採れなくなったといわれている。
写真の石はオールドストック、昭和59年の閉山まで鉱山に関わっていた人物のコレクションだったという。
具体的な年代は不明とのことだが、昭和30~50年代に採取されたものだろう。
閉山から30年近く経っており、ご本人が現在どうされているかはわからない。
稲倉石鉱山の全盛期、そして時代とともに衰退していくさまを最後まで見守られた。
このロードクロサイトもまた同じ。
石がそれを記憶しているならば、聞いてみたいものだ。
残念ながら、私にそんな能力はないのだけれど。
ちなみに現地では、稲倉石は身近な存在で、日常風景の一部と化しているらしい。
街の飲食店の入り口に、巨大な原石がドスーンと置かれているとのこと。
北海道はスケールがでかい。
ロードクロサイト、インカローズの人気は高い。
南米アルゼンチン、ペルー以外にも、続々と新しい産地が見つかっている。
近年、アメリカ・コロラド州のSweet Home鉱山から、ジェムクォリティ(宝石質)のロードクロサイトが発見され話題になった。
また、今年のツーソンショーでは、新たに中国から発見されたロードクロサイトが注目を集めた。
Sweet Home鉱山のほうは2004年に閉山しているが、中国からはそれらに匹敵するトップ・グレードの結晶が多く出ているらしい。
絶産したとの噂を聞いて久しい、元祖(?)アルゼンチン産インカローズについては、またの機会に紹介させていただけたらと思う(→ココに概要だけまとめました)。
30×28×11mm 20.12g